焙煎人のあいさつ イーグルコーヒー高山



コーヒー人生に感動と感謝

 

 私がコーヒーと出会うきっかけになったのは、20歳の時、某コーヒーメーカーに入社する事から始まります。当時は外食産業の高度成長時代が訪れており、喫茶店が次々と開店していく様を目の当たりにし、働く事の楽しさを感じていた時期を過ごしておりました。
 入社した当時は、各支店には焙煎機が設置されており、見よう見まねで指導を受けながら携わっていたのを覚えております(これが現在の姿につながって行くんですね)。
 会社の業績も右肩上がりの中、会社は効率化を重要視し大きな焙煎工場を作る事になります。作業の効率、配送の敏速化を進めるなか、各支店に設置されていた焙煎機は撤去される事になります。


 

造る事から、物を売る仕事に
 

 造るより、営業として売る事だけを目指して行くようになり、この時点でコーヒーは美味しさから離れていくような事を感じておりました。美味しさを封じ込める包装形態も考えられるようになり、真空パック、脱酸素剤、窒素充填などで賞味期限の延長が考えられるようになってきました。
 しかし、コーヒーの美味しさは焼き立て以上に美味しさを作り出すことは不可能と感じ、やはりコーヒーは新鮮さが第一と捉えるようになったのもこのころです。
 喫茶店の件数も飽和状態になり、淘汰されていく時代に入ってきます。大手コーヒー会社も、売り上げを落とす事の無いよう、様々な喫茶材料を販売するようになり、冷凍食品、加工食品など、簡単に調理ができる食材が溢れてくるようになり、営業マンはコーヒーを売るより食品を売る事に専念していた感がありました。


 

喫茶店が食堂に早変わり!?
 

 コーヒーの卸屋さんは、自らの売り上げを上げるために喫茶店に食品を売り込み、メニューまで代えさせていく始末です。喫茶店の業態はコーヒー屋から一転して、ランチを売る食堂に早変わりしたかのようでした。メニューの内容もコーヒー屋としてのイメージはなくサンドウィッチ・スパゲッティ・カレーはともかく、中には牛丼、味噌汁などが出てくる始末、もはや、喫茶店の域を脱しているかのように何屋さんなのか区別がつかない状態になっていました。


 

イーグルコーヒーが誕生!!
 

 私は、喫茶店のヒット商品はコーヒーでなければならないと今でも信じています。コーヒーをないがしろにした責任も取り返さなければなりません。私は、ある理由から長く勤めた会社を退社する事になりますが、転職するにもコーヒー以外知らない私は他の業種に着く事は考えられませんでした。
 金沢に元同僚がコーヒー屋を独立しており、一大決心をして相談に行く事になります。金沢のコーヒー会社の名前はイーグルコーヒーと言う名前で独立しており、この名前の由来は、石川県の白山に住むイヌワシから取りイーグルと命名したそうです。白山と言えば、石川県と岐阜県もまたがっており、私もこの名前を頂けるよう了承を得る事ができました。金沢の同僚の方には何から何までお世話になり現在も仕入等でお世話になっております。

こうして(有)イーグルコーヒー高山が平成4年11月に誕生する事になりました。


 

コーヒーの味造りに挑戦
 

 最初は試行錯誤の連続でした。焼けば何とかなる。過去に習った事を思い出し、焙煎の本を片っ端から読みあさり、焙煎機を購入したメーカーに問い合わせ、生豆の仕入先に聞き、美味しいコーヒー屋さんがあれば訪ねていき、焼いても焼いても納得のいく味を造る事ができませんでした。最初は自信が持てない事から、コーヒー問屋に焼き豆を購入する始末でした。500gの電気焙煎機から、1kの本格的な焙煎機に挑戦し、次には3kの焙煎機にと現在は、5kの焙煎機を取り扱っております。
 納得のいく味ができたのは、10年を過ぎたころからでした。この間、いろんな方に焙煎の仕方を習ってきました。コーヒーの美味しさは、最終的には行き着くところは皆さん同じところへたどり着くような気がしました。しかし、独自の味を造るには、思いきった挑戦意欲が無ければ最高の味を作り出すことができない事を知る事になります。


 

いつも同じ味を作れる職人になる
 

 30種類以上のコーヒー生豆を豊かな味に仕上げていくには、その時の気分で焼く事はできません。いつ、どんな時でも、同じ状態のコーヒー豆に仕上げなければなりません。その、一つ一つの豆の特徴を捉え、様々な焼き方に挑戦し、繰り返し焙煎し、失敗し、そうしているうちに、その豆の一番良い所に出逢い、次からはいつでも同じ状態のコーヒー豆に仕上げる事ができるよう、メモを取り、体に覚えこませ、今の私が誕生したといっても過言ではないでしょう。


 

飛騨高山という風土が美味しさを後押し
 

 コーヒー豆を販売していく上で、新鮮さが大切な事は解ってはいたが、美味しく仕上げるために焙煎技術がこれほど必要だったとは思ってもいませんでした。納得のいく味になるまで5年以上かかった訳ですが、もう一つ美味しさを後押ししてくれたのは、飛騨高山という風土がコーヒー豆の風味を豊かにしてくれたことは言うまでもありません。
 澄んだ空気、清らかな水、情緒豊かな人々、そんな中で、心静かにコーヒー豆を焼く事ができる環境は私の心の余裕にもなります。この高山の地に感謝を込め、飛騨高山をイメージしたブレンドも出来上がりました。奥飛騨ブレンド・北アルプスブレンド・高山朝1ブレンド・飛騨珈琲など、どれも人気の商品です。


 

コーヒーの美味しさを多くの方にお届けする案内
 

 全国には、たくさんの方がコーヒーの職人として研究を重ね、美味しいコーヒーとして販売に力を入れて見える事でしょう。私もその一人なのですが、しかし、どれだけの数の人たちがコーヒー豆を焙煎しようとも、二つとして同じものはありえないでしょう。
 私は、独自の方法によって焙煎を心掛けています。コーヒー豆の旨みを引き出すコツを何年もかけて知る事ができました。イーグルコーヒー高山の「山腰焙煎人」が焼いた豆をどれだけの方がお買い求め頂いた事でしょうか。現在2,000人以上の方が会員登録され、イーグルのコーヒーを楽しんで頂いております。しかし、この人数は当店に立ち寄ってご購入された方達ばかりです。今回、イーグルコーヒー高山のホームページをリニュアル致します。そこには新しく取り入れた、コーヒー豆販売が掲載されております。私は、全国の方にコーヒーは本当に美味しい飲み物である事を知って頂き、新鮮なコーヒーは健康にも素晴らしい効果がある事をご案内していかなければと考えています。


 

命の続く限りコーヒーに没頭します
 

 私は、1年に1回ほど、東京に出向く事があります。その際、銀座でコーヒー店を開業して見える老舗中の老舗「カフェドランブル」へ出向きます。必ず行く事にしています。そこには、関口一郎さんが現在100歳になろうかと言われる方が現役でコーヒー豆を焙煎して見えます。
 最初は、「コーヒーに憑かれた男たち」と言う本を読み関口さんを知りました。その後、「珈琲辛口談義」と言う本が出版され、購入しました。早速、東京に行った際その本をもって「カフェドランブル」へ行きお話を聞かせてもらいながら、写真を一緒に取らせて頂きました。その時、もっていった本にサインをもらいましたが、そのサインには2010年96歳と記してあります。現在2015年ですから100歳を超えている訳です。昨年、東京に行った際にも訪問致しましたが、元気で健在でした。
 私は現在65歳まだまだ足元にも及ばない人生です。関口一郎さんを見習い、年老いても寝込むことなく元気で現役でいられることを、新たな目標としてコーヒー豆を焼き続けます。コーヒーは長生きのもとになる事を身をもって訴えていきたいと思います。しかし、何度も言っている事ですが、どんなコーヒーでもいいわけではありません。質の良い、新鮮なコーヒーに限ることを最後に訴えてご挨拶とさせて頂きます。

About the owner

焙煎人 山腰直博

ようこそイーグルコーヒー高山へ
自然豊かな飛騨高山の地でコーヒーを焙煎して20余年。
真面目にコツコツ焼いた自家焙煎コーヒーを新鮮なうちに全国のコーヒー好きのみなさんにお届けます。

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